Sweets rhapsody

イチャラブエロゲーを愛する人の雑記

イチャラブ

新作情報でも感想でもない記事を書くなんてかなり久しぶりなのですが、
近頃Twitterでシナリオライターの先生方やイチャラブ好きな方と突発的にイチャラブについての議論を交わす機会が発生している感じですがこの辺りで今一度イチャラブについて自分の中の考えをまとめていきたいと思います。

エロゲーに於ける「イチャラブ」とは主人公とヒロインが作中内で恋人として成立した後に、気持ちを伝え合う言動や行動のことであると定義されます。代表的なもので言えば「食事であ~んをする」とか「恋人デート」とかだったりしますが、そんなシチュエーションを限定するのは野暮なことです。主人公とヒロインが二人で話しているだけでもイチャラブと捉えることも可能です。
エロゲーの感想サイトとしては一番有名である「ErogameScape -エロゲー批評空間-」では、「付き合って、Hして、何かシリアスがあって、解決してED」のようなオーソドックスな作品に対する感想として「ただのイチャラブゲー」なんて感想が付いていることを見かけることもありますが、言わせて頂くと
「ただの」なんて言葉で定義できる程イチャラブ単純な存在ではありません

そもそもイチャラブというのは恋人同士の仲睦まじいコミュニケーションの総称であり、具体的な内容を定義してしまうことは表現を狭めることに繋がり非常に危険です。エロゲーメーカーが新作の宣伝をする際に「イチャラブ」をコンセプトに掲げることが往々にしてありますが、これも非常に危険というか不誠実な行いであると思います。一概にイチャラブ好きと言ってもそれぞれのユーザーが好むイチャラブというのは千差万別であり、全く同じ趣向の人など出会えないのではないかというレベルです。
コンセプトをイチャラブにするというのはあくまで「メーカーが思うイチャラブ」の解釈であってユーザーが望むイチャラブの解釈ではないということです。
そのような認識の齟齬によって多くのイチャラブをコンセプトとするエロゲーはイチャラブ好きのユーザーに好意的に受け入れられなかった過去があります。むしろユーザー側としてはイチャラブがコンセプトにあると逆に疑いの目を向ける傾向すらみて取れます。
例えばコンセプトに「濃厚なHシーン!」とあればサンプルCGで具体例を示せますし、シーン数の多さをコンセプトに据えるならば各ヒロインごとのシーン数を開示することでユーザーに信頼感を与えることができます。一方でイチャラブはどうでしょうか?そのゲームがユーザーの好むイチャラブゲーであるかどうかの判断材料を提示できますか?
現実的に考えて不可能な話です。ユーザーは製品版を購入するまで一人としてそれが自分の望むイチャラブゲーかどうかは分からないからです。

またコンセプトとしてイチャラブを設定することの弊害は「イチャラブのタスク化」を招くことです。
コンセプトとしてある以上これだけはやらなくては!という構成になることにより、ここまではイチャラブこの先は山場のシリアスみたいな構成が完成してしまうと考えられます。
以前にもTwitterで自分の主張としてツイートしましたが、「イチャラブは与えられたタスクではなくて日常であり無限に存在しなければならない」のです。

イチャラブは恋人同士のコミュニケーションなのですから本来どこでもできるものです、おはようからおやすみまで全てに可能性があります。何ならシリアスの途中でも可能です。
ただあまりにもイチャラブという言葉に囚われすぎるあまり、そのことが抜けてしまっているエロゲーというのは少なくありません。「シリアスの中でイチャラブしちゃいけないって誰が決めたの?」という話です。イチャラブを阻害するシリアスがあるエロゲーが世の中に溢れてそういう認識になっているだけで決してイチャラブとシリアスは相反するものではないというのが私の考えです。
私の敬愛するシナリオライターである保住圭先生のツイートの引用ですが(問題があれば消しますのでご連絡ください)
このツイートこそが理想の構成であると思います。イチャラブというのは恋人になれば常に存在するものであり、区切りをつけるのが野暮というものです。

その定義の広さ故に安易に使用されるイチャラブという言葉ですが、私の考えでは「エロゲーの中におけるイチャラブというジャンルはマイナージャンルである」ということを昔から主張しています。
一般的な純愛エロゲーならば少なからずイチャラブというのは存在するでしょう、しかし作中に多量のイチャラブを求めているユーザーがどれだけ存在するのか?という話です。多くのユーザーにとっては山場と同じようにイチャラブも作中のアクセントの一つにしか過ぎないことでしょう。そんな中イチャラブという恋人同士のコミュニケーションに特化して追い求めるユーザー。ここまで絞られるとそう存在しないのではないかと思われます。

以下にシナリオライターである中島大河先生と天野スズメ先生のツイートを引用させて頂きますが(問題があれば消しますのでご連絡ください) (2回目) このツイートのようにシナリオライター側としてもそういうシチュエーションを入れようにも容量やシナリオバランスの都合上カットされることがあるということです。
言ってしまえば「カットされる対象になってしまうくらいには、イチャラブイベントの地位は高くない」ということです。イチャラブ好きとしては悲しいことですが…

私がこのブログを始めたきっかけに「イチャラブというジャンルがエロゲー好きの中にもっと広がれば…」という想いもありました。
自分がそのような存在になれているとは到底思いませんが少しでもイチャラブを愛する方々が増えるようなことを発信していける存在でありたいものです…

イチャラブゲーを語る上で必ずと言って良いほど話題に上がるのが「シリアス」についてです。
しかしこのシリアスというのは中々にデリケートな話題です。
「シリアスがあるからこそイチャラブが輝くんだろう!」「いや、シリアスなんて要らないからイチャラブを見せろ!」という争いの火種になるからです。
二者の意見が合致することは不可能に近いことです、これは嗜好の違いであるのであまり感情的に否定しないのが正しい選択肢です。

ではよく言われるところの「クソシリアス」「無駄シリアス」とは一体なんなのでしょうか?
私自身が思う定義は「そのキャラクターの魅力を引き出すにあたって必要であるかどうか」だと思います。
私はシリアスであっても主人公と協力して乗り越えてゆくと言った感じのイチャラブを阻害しないシリアスでしたらOKなタイプです。これは主人公と協力して乗り越えてゆくことによって主人公とヒロインの繋がりがより強固になる=魅力を引き出せるという図式が成り立つからです。

しかしテンプレシリアスあるあるの「別離展開(転校等)」「親の反対」は明確な理由がない限り「そのキャラクターである必然性がないシリアス」になってしまうわけです。
さらにこれがヘタレ主人公だと別れる別れないの話になってとてもイチャラブどころではなくなってしまうわけです。これが差し込まれる理由には個別シナリオに山場を設けるためと言った制作側の都合も含まれていることでしょう。
そのような都合が見え隠れしてしまうとユーザは「無駄シリアス」であると感じてしまうのではないでしょうか。

シリアスの許容ラインも人それぞれであるため一概にどこまでが無駄シリアスなのかというのも非常に難しい問題です。
「イチャラブ」という言葉と同様、ブランド側が安易に「ノーシリアス」という言葉を使うことも避けたほうが良いのかもしれません。

イチャラブエロゲを探そうとしてもどう調べればいいの?って人のためのガイドライン的なものです。
歴戦のイチャラブ戦士の方々は知っている方法でしょうが、この記事が素敵なイチャラブエロゲライフに役立てば幸いです。
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今回の記事はイチャラブヒロインを求めるイチャラブ勢の苦悩についてです。続きを読む

迷いつつも結局始めました。
普段はTwitterでイチャラブゲーについて呟いていますが、何かまとまったことを書きたくなったときはこちらに書こうと思います。


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